身バレが怖かった女の話。

時間が無い。嘘、無い訳じゃない。ただ、自分が時間軸に追いついていないだけ。自分の意識が、時間軸に置いていかれているだけだと思う。

取り残されている感覚は、出産育児の全盛期に比べるとかなり少量のものではある。でも、なぜかここに自分が居ない、という感覚?が意識の半分を占めている。

仕事、家事、お迎え、こまごましたやること・やらなければならないことが溜まっていって、自分の時間や世界が欲しいと、一旦停止して落ち着きたいと思う。これまでを振り返っても、こうやって一旦停止したいと思っているときは、時間軸に乗り切れてない時だ。ベルトコンベアーのように流れている時間軸に、本来であれば自分が乗っていて時を過ごすはずなのに、自分は上からそれをぼんやり眺めているような状態。

引越しをして半年が過ぎた。顔見知りは増えた。ただ、私はここにきていったい何をしてきたというのだろうという無力感。何もなしていない現実と、夢も目標も、それどころか好きなことすら口にしなくなった自分に、違和感しか感じない。

やりたいことをやれない、というのは言い訳だと思う。

やりたいことが無い事は、悪いことではないと思う。

ただ、ただ、何も言えない雰囲気に飲まれているのなら、馬鹿だな、と思う。

正しいことしか認められないような、正義を振りかざすような人で居たくはない。自分の好みをもみ消す人間にはなりたくない。

 

周りに自由な人が消えた。それは自分で自分の自由を縛っているからなのかもしれない。お金を稼がなくてはいけない。母とは、妻とは、何ぞや。

私が仕事をする理由のひとつは、特定の空間や環境だけに身を置くと腐るから、なのだけれど、仕事をしているくせに、私はすでに腐っていると思う。笑

なぜなら、家と、職場と、学校のお迎えという毎日の繰り返しだから。

実はブログを書かなくなったのも、簡単に言えば身バレが怖くなったからなんだ。夫、夫の親族、学校の保護者、職場の人、この地で自分を偽って生きているからに他ならない(と今気づいた。だから違和感を自分に持っているんだ)。

 

高校のときから、こうやってブログ書いて自分保ってきたんだった。忘れていた。

またここから、始めていこうと思います。

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